tomy4509に反論しないサンク。「原理講論の主人はお母様」
tomy4509の【荷台王(亨進氏)=嘘つき】に反論しないサンクチュアリは、
それを認めたということです。
今回の諸星くると氏(菅井氏)リブログ記事からは、
原理本体論講師の第一人者として任命された劉正玉氏に対して、
文総裁が語られた
「先生のみ言葉の中で(あなたに)教えなかったことはありません」
の一文を引用していました。
2012年4月15日真のお父様のみ言
「劉正玉!(はい!)本体論教育は劉正玉!(はい)本体論教育は劉正玉が責任をもったでしょう?(はい) - 中略 -今回の話の中で本になかったこと、あなたが言いたい事、先生が話さないようにとしたものまでも全てしてしまいなさいというのです。先生のみ言葉の中で教えなかったことはありません。すべて話しました。」
その一方で文総裁の別み言葉を引用、
統一原理を記した『原理講論』に間違ったところが何か所かある、
としながらそれは統一原理の核心部分(奥義ともいうべき)『キリスト論』であった、
2021年に亨進氏がそれを公表したと主張していました。
原理講論には間違いがあると、真のお父様は語られていました。しかし、どこが間違っているのかは明確にされることは有りませんでした。
1995年真のお父様の年頭のメッセージより
…(略)…(『ファミリー』1995年2月号、63頁)
その間違いがどこにあるのかを明確にして公表されたのは、亨進様が三代王権の二代王になられてからの2021年3月23日でした。
【ですから、原理講論の内容だけを見ると、我々はメシアに対する低いキリスト論を持っているのです。メシアを神として見なかったのです。女性から生まれた人としては見ましたが、神としては見なかったのです。お父様が夜の神、昼の神の神学の内容を明らかにされた時、お父様はそのキリスト論を昇格させられたのです。「いや、お父様はメシアなので特別だ。ただの人間ではない。お父様は神から来られたのであり、夜の神から来られたのだ。創造以前の神から来られた。」ということです。つまり、キリストは創造以前から神と一緒におられたということなのです。】
原理講論のキリスト論では、真のお父様を私たちと同じ人間だと教えました。原罪無く生れ、愛の人格を完成した人間なのだと。
しかし二代王様は、生心に夜の神様が臨在し、神様そのものである真のお父様の様相を明確にされたのです。
もっとも重要なキリスト論に、間違いがあると公表されたのです。
真のお父様は「原理講論」の間違いについて、祝福家庭が見つけ出すことを期待しておられました。ですから、御自身では間違いを指摘せずにいたのです。そして、何故間違っている部分をそのままにしておかなければならないのかは、原理講論に秘められた蕩減復帰を永遠に明確に記録しておくためです。
…(略)…
原理講論には間違いがあるという事は、真のお父様が語っていたことです。また二代王様も、キリスト論に間違いがあると明確にされました。
劉正玉氏に文総裁は「先生のみ言葉の中で(あなたに)教えなかったことはありません」と語られていましたが、文総裁が聖和(逝去)した後に家庭連合から分かれたサンクチュアリ教会へ足を運ばれては家庭連合の第二教祖である韓鶴子総裁を辱めるような「原理本体論」とか(?)の講義もしばらくはされたようで、後の亨進氏主張の原理講論の「キリスト論」を否定し歪曲解釈した「(昇格)キリスト論」が公表されました。
さて何度も書きますが、文総裁は「『原理本体論』講師・劉正玉氏に「先生のみ言葉の中で(あなたに)教えなかったことはありません」と語られていたそれは何だったでしょう。
『原理講論』の主人はお母様
自称ルポライターtomy4509は早くに『原理講論』の主人はお母様だということを検証報告していました。
「cocoaさんも女性でしょ--原理講論の主人は「お母様」!!」(2018.11.16)
「原理講論、お父様の「独生女」み言を信じていたならば!!」(2019.08.12)
さて、お父様が最初に語り始められた独生女のみ言は1959年10月にさかのぼる。
今回の検証(こちら)からもお分かりのように、お父様の元祖「独生女論」から言えることは真のお母様だけを指してのそれではなかったということに帰結する。
つまりは、お父様が語られている「独生子・独生女」とは、堕落していない時のアダム・エバであり、2000年前のイエス様、そして、彼が十字架に架からなければ「子羊の婚宴」をすべきであった相対者。こんにちにあっては、第三アダムとその相対者が「独生子・独生女」である、ということだ。つまりは、(人間的考えからではなく)神様から見て原罪のない最初の息子・娘を意味していた。
ということであった。
「独生女理論」や「独生女論」などは実存しない机上の空論であり、実のところはそのお父様の「独生女」み言を隠蔽してはお母様を貶めるため、批判のための批判をする通俗用語(俗語)であったことが判明した。
自称ルポライタイーtomy4509自身、2年間にわたりH3へ行かれた元牧会者の「独生女批判」の説教を聞いてきた一人である。その批判の結論は何であるかは理論理屈ではなく、「信じられない」を連発していたに過ぎず、どこかの教授の論文とかを信じられないと語っていたものだ。
彼の最後の説教は「原理講論は正しい(信じられる)」、「お父様も正しい(信じられる)」、ところが、「お母様・独生女は間違っている(信じられない)」というものだった。
「正しいこと、間違っていること」ということだが、原理講論を信じるとするならば、
我々を生んでくださるのは、父母でなければならない。それでは、堕落した我々を原罪がない子女として生んで、神の国に入らせてくださる善の父母は、いったいどなたなのであろうか。原罪のある悪の父母が、原罪のない善の子女を生むことはできない。したがって、この善の父母が、堕落人間たちの中にいるはずはない。それゆえに、善の父母は、天から降臨されなければならないのであるが、そのために来られた方こそがイエスであった。彼は堕落した子女を、原罪のない善の子女として新しく生み直し、地上天国をつくるその目的のために真の父として来られた方であった。
……
ところで、父は一人でどうして子女を生むことができるだろうか。堕落した子女を、善の子女として、新たに生み直してくださるためには、真の父と共に、真の母がいなければならない。罪悪の子女たちを新たに生んでくださるために、真の母として来られた方が、まさしく聖霊である。ゆえに、イエスはニコデモに、聖霊によって新たに生まれなければ、神の国に入ることができない(ヨハネ三・5)と言われたのである。
このように、聖霊は真の母として、また後のエバとして来られた方であるので、聖霊を女性神であると啓示を受ける人が多い。すなわち聖霊は女性神であられるので、聖霊を受けなくては、イエスの前に新婦として立つことができない。また、聖霊は慰労と感動の働きをなさるのであり(コリントⅠ一二・3)、エバが犯した罪を蕩減復帰されるので、罪の悔い改めの業をしなければならないのである。さらに、イエスは男性であられるので、天(陽)において、また、聖霊は女性であられるので、地(陰)において、業(役事)をなさるのである。
これらも受け入れることが出来るであろう。
それのみならず、成約時代は雌牛の時代(女性の時代)だという預言まで講論には書かれており、
お父様自身のみ言からは「原理講論の主人は真のお母様」とまで語っておられた。み言『「原理本体論」について』(ファミリー2009.1月号、P.44~)に書かれていたものであるが、
原理講論は故・劉孝元教会長が執筆されたものであるが、その相対者の史吉子女史に対して「かかしのようなことをしている」言われながらも、その実体(本体)の真のお母様、原理講論の「主人」が来れば、行き来する鳥も逃げていかなければならない、と。
このお父様のみ言も信じるとすれば、お母様「独生女」も信じることが出来るであろう。
マタイによる福音書/ 10章 40~42節
「あなたがたを受け入れる人は、わたしを受け入れ、わたしを受け入れる人は、わたしを遣わされた方を受け入れるのである。預言者を預言者として受け入れる人は、預言者と同じ報いを受け、正しい者を正しい者として受け入れる人は、正しい者と同じ報いを受ける。 わたしの弟子であるという名のゆえに、この小さい者のひとりに冷たい水一杯でも飲ませてくれる者は、よく言っておくが、決してその報いからもれることはない」。現在、支流人の方々はお母様「独生女」を信じられないとするのは、誰の言葉を信じてのものか?
そこにはお父様がおられるかどうか、考えて見られよ!!
洗礼ヨハネが再臨エリヤであったと、イエス様は言われたが洗礼ヨハネはじめとしてイスラエル選民はそれを信じることが出来なかった。
こんにち、お父様は堕落していないアダム・エバは「独生子・独生女」であり、第二アダムとしてのイエス様が「独生子」と語られたのも十字架で亡くなるためではなく、「独生女」を探して結婚するためであったし、再臨の約束をされたのもまだ果たされていない「子羊の婚宴」を成すためであったと明言しての、1960年4月の「聖婚式」がされた。
「独生子」×「独生女」=「真の父母様」、この時点から36家庭に始まる祝福結婚式をされていかれた。
誰の言葉を信じるのか?
2000年前の教訓ほかも原理講論に多く記されている。
支流人の方々は、冷静になってもう一度考えて見られよ。
お父様のみ言か?
H3か?
それとも、H4?
天の御旨を推し進めるものとなるか、あるいは、それを妨害するものとなるか。
「「原理講論の主人はお母様」否定のH3やH4は講論の主人になれる?」(2019.09.20)

