自称ルポライターtomy4509は、堀勇一氏からの具体的な回答を求めます。

堀勇一氏記事【菅井氏=蛇は、自分勝手に御言葉を変える。】に自称ルポライターtomy4509が投稿したコメント(以下)への回答ということでした。
自称ルポライターtomy4509 id:tomy3974>堀 勇一 氏族王・久子 氏族王妃さんへ
【菅井氏=蛇は、自分勝手に御言葉を変える。】といっては菅井氏を批判していますが、では、亨進牧師牧師はどうなのですか?
原理講論のキリスト論では「聖霊=女性神」を否定しての別の「キリスト論」を打ち出していました。また、原理講論にも記載の「神様=天の父母様」までもです。サンクチュアリ教会は、最早、文総裁が教えておられた原理とは違う『異端宗教』なのか? あるいは、家庭連合がそうなのでしょうか?
文総裁が地上で解かれた原理を聖和後に改変した解釈は、天上のお父様は許諾されているかどうかです。イエス様(聖書)はそのようなことは語られていませんでした。故に、天国のカギをペテロに預けられては(地上)再臨を約束されていました。
こんにち、地上でその天国(天一国)へのカギを持たれているのはどなたでしょうか?!
具体性に欠けるものであり、その回答に全くなっていませんでした(以下)。
上記の太字2つ両方とも、サンクチュアリは、「否定」しているのではなく、「別の側面」を語っている、と申し上げたいと思います。
「別の側面」を語っている、というのであれば
それについて詳しく書くのが回答というものでしょ!
表面的な言葉では、誰も納得させることはできません。
●(亨進氏は)「聖霊=女性神」を否定しての別の「キリスト論」を打ち出していました。
一方、原理講論の定義では「キリスト(メシヤ=救世主)」とはアダム・エバの堕落後に必要とされたものであり、亨進氏の主張は原理講論と一致していません。
●(亨進氏は) 原理講論にも記載の「神様=天の父母様」までも否定していました。
原理講論には冒頭の「総序」からも「天の父母様」についての記述がありました。
この世界こそ、悠久なる歴史を通じて、人生の両面の無知から脱却しようと身もだえしてきた人類が、その暗黒から逃れでて、新しい真理の光の中で相まみえ、一つの大家族を形成していく世界なのである。ところで、真理の目的は善を成就するところにあり、そしてまた、善の本体はすなわち神であられるがゆえに、この真理によって到達する世界は、あくまでも神を父母として侍り、人々がお互いに兄弟愛に固く結ばれて生きる、そのような世界でなければならないのである。自分一人の利益のために隣人を犠牲にするときに覚える不義な満足感よりも、その良心の呵責からくる苦痛の度合いの方がはるかに大きいということを悟るときには、決してその隣人を害することができないようになるのが人間だれしもがもつ共通の感情である。それゆえ、人間がその心の深みからわき出づる真心からの兄弟愛に包まれるときには、到底その隣人に苦痛を与えるような行動はとれないのである。まして、時間と空間とを超越して自分の一挙手一投足を見ておられる神御自身が父母となられ、互いに愛することを切望されているということを実感するはずのその社会の人間は、そのような行動をとることはできない。したがって、この新しい真理が、人類の罪悪史を清算した新しい時代において建設するはずの新世界は、罪を犯そうとしても犯すことのできない世界となるのである。今まで神を信ずる信徒たちが罪を犯すことがあったのは、実は、神に対する彼らの信仰が極めて観念的であり、実感を伴うものではなかったからである。神が存在するということを実感でとらえ、罪を犯せば人間は否応なしに地獄に引かれていかなければならないという天法を十分に知るなら、そういうところで、だれがあえて罪を犯すことができようか。罪のない世界がすなわち天国であるというならば、堕落した人間が長い歴史の期間をかけて探し求めてきたそのような世界こそ、この天国でなければならないのである。そうして、この天国は、地上に現実世界として建設されるので、地上天国と呼ばれるのである。


ところが、亨進氏説教からは「天の父母様」はというと【両性具有神】だといった批判・否定をしていました。
これらに関しての堀勇一からの具体的な回答を求めます。