姜賢實女史:「私は、アウグスティヌスの妻です。」
普通の人は、霊界にあるものは見ることができませんが、祈祷して霊界に通じる人は、霊界も見ることができ、地上で二つのものを見るというのです。私たち統一教会においても、霊的体験をたくさんする人は、皆、そのようになっているでしょう?二つの世界を共に見るので、ここで祝福を受けた人は、夫が霊界に行き、妻が地上で暮らしていたとしても、お互いに見て、一緒に生活することができます。
ですから、"寡婦がいない"ということになります。"男やもめ"もいません。理想とは、そのようなものであるべきではないでしょうか?
天地を創造された、王の中の王であられる全知の神様が創られたのに、霊界と肉界、夫と妻が同じ日に死ぬでしょうか?夫婦で死ぬ日が違えば、どのようにしなければなりませんか?
夫婦で死ぬ日が違えば、どのようにしなければなりませんか?夫婦で"離れ離れになっては、生きていけない"という人たちは、どうするのでしょうか?
夫が先に霊界に行くと、地上に残った妻は「死んだ」と言って大騒ぎするのですが、霊界に行った夫は、大騒ぎしません。
夫は、"あの妻は、(霊界のことを)知らないから、あのようにしている。神様が創造される時には、本来、分かるようになっていたのに分からなくなった。あれをどうしようか?"と考えるのです。
ですから真の父母が来て、それを解決してあげなければなりません。そのためには、祝福を受けなければなりません。祝福を受ければ、一緒に暮らすのです。分かりますか?
人には、自分の精誠というものがあるのです。分かりますか?愛も、精誠を基盤とした愛はどこにでも通じます。写真を持ち歩いていても、朝食を食べ、寝て、すべて一緒に暮らしながら、一緒に喜んで暮らすのと同じようにすれば、その写真が、先祖にもすべて通じるというのです。
信号です。分かりますか?
さあ、孔子様の夫人、立ってください。先生よりも孔子を、もっと愛しているでしょう?
そのように思えば、孔子が訪ねて来るというのです。
「すべての心と体、骨髄から、骨から産毛まで、すべて孔子のために生まれたので、思いどおりにしてください」と言えば、鷲がさっと奪っていくように、空中に飛んでいくのです。そのような体験をして暮らさなければなりません。
マホメットの夫人、自分の夫から愛される以上に、夫を愛することができるようになれば、マホメットが訪ねて来るというのです。
死ぬほど片思いしてみてください。がちゃっと開かれるというのです。今から、思いどおりに一緒に暮らす時が来るのです。今から一緒に暮らす時が来ます。時代が変わるというのです。
2002年8月15日
yoshimiさんへ
一緒に暮らす時 「第6回「七・八節」記念礼拝の御言」からですか。
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今から、思いどおりに一緒に暮らす時が来るのです。今から一緒に暮らす時が来ます。時代が変わるというのです。分かりますか? それから、姜賢實さん。(「はい。」)賢實さんは皆、知っているではないですか? 皆、知っていますか、知りませんか? それでも……。(「皆、知っています。」)
きょうは記念日なので、宣言しなければならないでしょう? 宣言が必要です。イエス様も、メシヤを宣言できずに亡くなったのです。宣言をしていたならば、死んでも霊界に行きません。(「私は、アウグスティヌスの妻です。」)(拍手)
じっとしていてください。アウグスティヌスに会って、損をしていませんか?(「損していません。」)毎日のように会っているのですか?(「毎日ではありませんが、会っています。」)
霊界の事実をすべて宣布しなければ、霊界に行ってから聖賢、賢哲たちに、面と向かって責められます。「こいつめ。先生が昼夜、強調したにもかかわらず、覚えてもいない。」と言われます。問題が起きるというのです。分かりますね?(「はい。」)
-----<引用終わり
姜賢實女史もしっかり宣言をされていましたね。
「私は、アウグスティヌスの妻です。」
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