peace2のブログ

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どちらの情報が”より”信じられるか?

イサクさんは家庭連合からの情報を自分の見聞録にねじまげては、誰かを安楽死の犯罪者(「安楽死・・?? 殺〇・・じゃないのかな・・? - isakuのブログ」)にしなければ気が済まないようですね。イサクさんの記事(以下)がそれです。

石副会長のメッセージの肝心なところを、イサクさんが隠そうとしていませんか?



イサクさんの見聞録からの「御聖体を傷つけてはならない」といっては医療行為を拒否されたということでしたが(「あの時・・どうする事が・・正解だったのか? - isakuのブログ」)、次の「お母様・・それは・・まさに・・鬼の所業ですね。 - isakuのブログ」からの時系列からお母様のそれも2012年8月15日というのが、イサクさんの見聞録の結論ということです。


8月15日のこの日には・・すでに・・

転院の話がでていたようですね。


となると・・この時にはすでに医師の方から「喉の切開と全身麻酔の中止」の説明を受けていた・・ということですね。


そして、その言葉に対して・・

お母様が・・

「御聖体に傷をつけてはいけません。ここでは・・私の願う看病ができません。祈ることさえできません。転院します。」と言われていたのですね。


どちらが”より”信じられるでしょうか?


ところが、私からの石副会長のメッセージ(「御聖体に傷をつけてはいけません」? -- 【追記あり】 - peace2のブログ)からは、「何の事があっても、真のお父様のご聖体を保護しなけ ればならない!」というみ言」「真のお母様の指示に従い、8月28日の午後に私たちは対策会議を」持ったそのときということであり、イサクさんの見聞録の話とも時系列とも合致していません。


さらに今回のイサクさんの記事から抜け落ちている情報は、お父様が8月3日にソウル聖母病院に入院され、12日には天正宮へ一旦は戻られ、13日、天正宮を巡られながらその病状が再度悪化したという情報です。これも石副会長のメッセージにて記載されていました。


真のお父様はこのように8月3日聖母病院に入院された後10日間にわたりレントゲン、 MRI など必要なすべての検査を受けられました。結局肺炎であるという判定を受けるよう になり、病状は非常に深刻で、敗血症、肺不全により肺に水がたまっていることが分かり ました。「絶対安静」が必要である、という医師からの注意がありました。しかしお父様 は天正宮に必ず行かなければならないことを強く命じられ、8月12日に還宮されました。 還宮後には天正宮のこちらあちらを見回され、手で触って見たりされながら別れの挨拶を するかのようなお姿でした。真のお母様に侍り最後の祈祷のような深刻な祈祷もされまし た。「すべて成された!」というみ言を一日の間に4回もされながら、周辺を整理する姿 もありました。お母様の手を取られて「ありがとう!」というみ言も、機会がある度にさ れました。


このように一晩ほとんど休まれずに天正宮で祈祷とみ言で過ごされたお父様は、その翌 日の8月13日には自動車に乗られ、清平団地を回って来ると言われながら清心中高等学校 の前まで行って来たりされました。普通の人であれば床から起き上がることもできない程 のご病状でしたが、真のお父様の精神力は想像をはるかに超越したお姿でした。しかし午 後になるとお父様の体力は急激に衰え始めました。もちろんこれを誰よりも先に感知され たお方は、真のお母様でした。お母様は涙でお父様に訴えられながら、病院に行きましょ うと懇請を申されました。普段であれば一言で断るお父様でしたが、この日は喜んでお母 様の忠告を受け入れられて「そうかいオンマ。ありがとう。」と語られて清心国際病院へ 行かれました。


清心国際病院に何時間か留まりながら療養をされておられる間にも、真のお父様の状態 は更に悪くなりました。ひどい咳をされながら苦しそうにされているお父様をご覧になら れたお母様は、直ちにお父様の許諾を受けて再び総合病院であるソウル聖母病院へお父様 を送られることを命じました。とり急ぎお父様が普段好まれて乗っていらっしゃったSUV 車で、お父様に侍り清心病院の看護婦2名と酸素ボンベ2本を載せて、車中でも酸素供給 を続けました。約1時間程かかる道のりでしたが、千年も過ぎ去るような恐ろしい死闘の 時間でした。ソウル聖母病院まであと約20分という地点からは、お父様の呼吸が甚だしく 乱れるようになり、これ以上堪えることができないようなお姿でした。運転手や看護婦たち、車中にいたすべての人々はその時点でこの世が終わったような戸惑いを感じながらも、 命をかけて疾走しお父様を無事に病院までお送りしました。


8月3日からの聖母病院での検査の結果、既にお父様の病名「じん肺」の診断は医師の口からなされていました。これに関しても、亨進世界会長(当時)の8月19日礼拝説教映像で語られていました。



その時の礼拝説教もまた、石副会長のメッセージと並んで月刊誌「トゥデイズ・ワールド・ジャパン」(2012 天暦8月号)に掲載されたものがあります。


8月19日の亨進氏説教は、30日の石副会長のメッセージから10日ほどさかのぼっての情報です。
特にはP.66から聖母病院へ再入院される前の清心病院までが時系列で語られていました。P.67下段では、そのとき既にお父様の病名「じん肺」も出てきていました。診断書がなくとも、どこの名医でも「じん肺」と聞けば首を横に振らざるを得ないものです。


13日の再入院では既にお父様の病名は「じん肺」と分かっていましたから、緊急入院後の応急処置はいくつもの生命維持装置の管を付けなければならない、ということはハッキリとしていました。


イサクさんの見聞録に見るお母様が15日になっても医療行為を拒絶された、という情報は根も葉も枯れてしまっています。お母様は看護学校へ行かれていたこともイサクさんにはお教えしたでしょう。


このように見たときに、誰(の情報)を信じれるかです。

先ずは私からの情報を謙虚に受け止められるべきではないでしょうか?!
そうでなければ、ただただ根拠のない「家庭連合批判のための批判」、第二教祖・お母様までも貶めようとする「犯罪行為」をイサクさんがされているように思います。


「聖和」とは、生きて霊界へ旅立つことです。真の父母としてお父様はまた、お母様と生きておられます。イサクさんの見聞録こそがお母様だけでなく、その霊界のお父様までも「死人」として葬り去ろうとするものです。
「お父様お一人でも真の父母、お母様お一人でも真の父母」というみ言もあります。お母様の心の中を見られれば、お父様もおられるという話です。これを信じますか?